丸くやわらかい。

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ファイナルソードは糞ゲーだったのか

読者の皆は長年ゲームをやっていて、このゲームは“ヤバい”と感じた時があるだろうか?
私は、ある。

7月5日。確かにこの日、私はとあるゲームに対して“これはヤバい”と感じた。


15年前の作品と言われても首を傾げそうなこのゲームが、Switchストアに忽然と現れたのは令和2年のことだった。

令和2年。PS5が発売され、企業はグラフィック、UI、難易度からデザインまで非の打ち所のないゲームを作り、インディーズの領域ですらハイクオリティなゲームが次々登場しているような時代。令和2年とは、そんな時代だ。

 

チープなグラフィックに気の抜けたモーション、どうにもヘタレたSEとBGMに投げやりなタイトル、おかしな日本語と緊張感のないフォントが特徴の、今年の怪作“ファイナルソード 英雄の誕生”はこんな時代にあって、事もあろうにSwitchストアのラインナップに追加されてしまったのだった。

 

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そんなファイナルソードがにわかにSNSで話題になったきっかけは、BGMの盗作問題だった。ゲームの一部の箇所に、ゼルダの伝説シリーズの名曲“ゼルダの子守歌”が、アレンジやオマージュというレベルではなく、そのまま使用されていると。そういう話だった。

 

皮肉なことに、盗作問題の只中にあって、このゲームのあらゆる要素は輝きを放ち始めた。
チープなグラフィックに気の抜けたモーション、どうにもヘタレたSEとBGM、投げやりなタイトル、おかしな日本語に緊張感のないフォント──ただそれだけならば“低クオリティな変なゲーム”で終わったかもしれない。

だが、ファイナルソードはそれで終わりはしなかった。盗作疑惑という負の話題をもって、上記のようなネガティブな要素全ては突如としてこのゲームの話題性を高めるスパイスへと変貌した。すなわち“このゲームはマジでヤバいんじゃないか?”という期待をゲーマーたちに持たせることに成功したのだ。

 

事実、BGMがそのまま使われているならば、それは故意でもそうでなくとも利権問題であって、これだけ話題になってしまったら数日のうちに配信停止になることは想像に難くない。
かくして、ディープな(特殊な趣味嗜好の、とも言い換えられる)ゲーマーたちは“もしかしたら二度とやれなくなるかもしれない本当にヤバいクソゲー”を買うべく、こぞって2000円をSwitchストアに投げ込んだのだった。


ゲームを始めると、早速やる気のないグラフィックのキャラクターが微妙に噛み合っていない会話を行うのを見ることができる。まだゲームを始めたばかりなのに、この時点で間の抜けた空気感に自然と笑みが零れてしまう。ボタンを色々と押して軽く操作方法を確認したら、村の鍛冶屋に10Gを渡して剣を購入し、外へと出る。

 

かくして、怪しいユーザーインターフェースに戸惑いながらも、初の戦闘が始まる。平凡と呼ぶのも憚られる──いや、ハッキリ言って低質な戦闘だった。

無敵時間が存在しているのか当たり判定がズレているのかは微妙なところだが、何故か剣が敵をすり抜けて当たらない事があり、低質なUIと謎の無敵時間によって攻撃が外れるストレスに苛まれる。ロックオンもなく、快適な戦闘とは程遠い。更に敵のリポップも異様に早く、油断するとあっという間に囲まれてしまう。理不尽な起き攻めに苦しめられる事もある。

 

 

少しゲームを進めた後に立ち寄ることになる“妖精の森”は最悪で、攻撃が妙に当たりにくいゴブリンが凄まじい勢いで増えてプレイヤーキャラをタコ殴りにしてくる。道を塞ぐ植物モンスターもこの時点のプレイヤーにとっては強敵だし、苦戦すれば苦戦するほどゴブリンも増えていく。本当に最悪だ。


ゴブリンの情け容赦ない人海戦術。ダンジョンそのものの迷いやすい構造。その上行き止まりに配置された宝箱から出てくるのは薬草などの大したことのないアイテムばかり。少し進むと次の植物モンスターが道を塞ぐ。

悪態をつきつつも、辟易しつつも、人間の適応力とはすごいもので、段々と気付きが出てくる。


ゴブリンはレベルが上がったこともあって一対一なら弱攻撃連打でごり押せる。植物モンスターは毒の霧を避けたあとスキルの強突き2回で安全に潰せる。スパイダーは最初の攻撃に盾を合わせれば怯むので強攻撃コンボで処理する。

キャラクターのレベル上昇に伴い、プレイヤーの理解度も上がっていく。無敵時間の発生を見越して攻撃をワンテンポ遅らせる動きが癖になってくる。

 

砂漠の小型マンティコアは普通に戦うと苦戦するが、突きを真正面から当てて多段ヒットを利用すれば経験値が多いカモになる。

洞窟のジャイアントスケルトンは正面から攻撃を当てると後ろに何歩か下がるので、ビビらず攻め続ければハメられる。

複数体のジャイアントスケルトンが一緒に出てくるとキツいものの、距離を取りつつマジックミサイルを使えば対処可能で──

 

──あれ? なんで俺はこんな真面目にプレイしてるんだ?

 

少しの疑問を感じながらも、なんだかんだでレベルは30近くになり、砂漠を越え、荒野を越え、地平線の果てに大きな城が見えた。
オープンワールドと呼ぶにはチープな作りのゲームだし、ここまではほとんど一本道のようなものだ。かすかに見えるそれも城と呼ぶにはお粗末で、最近のゲームと比べるのもおこがましい、ちゃちなCGだ。こんな作品が2020年、令和の世に出てきたなどと、悪い冗談にしか思えない。

 

──でも結構楽しく遊べたんだ。

 

15時間のプレイを経てラスボスのHPを削りきり、エンディングを眺めながら考える。
ファイナルソードは“本当にヤバいクソゲー”だったろうか。
いいや、クソゲーではなかった。と、思う。CGはショボいし、操作性は良くないし、日本語は変だ。
しかし、筆者にはこれが、適当に作られたゲームには思えないのだ。権利関係で一時的に話題になって、低品質なゲームを売り抜いてさっさとトンズラするような、そんな悪質な目的のために作られたゲームだとはとても思えなかったのだ。

 

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ファイナルソードはグラフィックの底質さとは裏腹に、ゲームとしてはそれなりにマトモに作られている。

最初のボス“トロル”までにスライムと狼を倒し続けるレベリング作業はこのゲーム特有の無敵時間の存在を認識し、ヒットアンドアウェイ戦法を淀みなくこなせるようになるために必要な時間だ。
トロルは強敵だが、基本に忠実に、欲張り過ぎず的確に攻撃と回避を使い分ければ勝てるようになっている。
そして“妖精の森”。これは少々荒療治に近いが、集団戦闘を避け、確実に1匹ずつ処理する戦い方を徹底し、現れる敵に有効なスキルで対処する癖を付けさせようとしているように感じられる。一部の敵の攻撃力が異常なのは、少なくとも攻撃ボタン連打で雑に戦うと確実に苦戦するように作られているということだ。

そして、妖精の森を抜けた所でこのゲームのチュートリアルは終わる。この辺りからやれる事が次々と増え、ストーリーが大きく動き、敵も個性的になる。妖精の森のスパルタ教育で戦い方は身についた。ここから先はその上でスキルや魔法を試す余地が生まれ、どんどん楽しくなってくる。
“多彩なスキルと魔法で悪を打ち払ってください”というクソゲーにありがちな信憑性の低い売り文句はどうやら真実だったようだ。


一般的に評価の高いゲームは、プレイヤーに何をさせたいか、という導線が存在する。ファイナルソードはこれが良くできていて、節目節目でその付近で手に入る魔法やスキルが攻略の糸口になるとプレイヤーが理解しやすい構造になっている。
例えば、序盤のボスであるヒドラは接近戦では露骨に不利になるよう作られてはいるが、少し前の場面で教えてもらった“マジックミサイル”の魔法で頭を狙えば驚くほど簡単に倒せてしまう。最初にプレイヤーはヒドラに近接戦闘を仕掛け、間違いなく「これはこういう倒し方をする相手ではないな」と気付く。じゃあ何か遠距離攻撃に頼るのだろう。さっき貰った魔法だな? という風にしっかり思考が誘導される。ついでに、道中苦戦した雑魚敵も、魔法の練習をしてくださいと言わんばかりにマジックミサイルを使えばあっさり倒せるようになっているのだ。

少なくとも、「こんなクソゲー頭使う価値なんてないでしょ」といったような思考停止をしない限りは、プレイ中にファイナルソードのレベルデザインを実感することができるだろう。

 

勿論、こうした導線の存在は令和2年のビデオゲーム界隈においてはちゃんと作られていて当たり前の要素でもあるため、ファイナルソードを全肯定する理由にはならないし、テキストの量が少ないためにプレイヤーは雰囲気や“ファンタジーもののお約束”からある程度推察しなければならないようにはなっている。だが、そうした作り込みのおかげか、筆者は全体的に遊びやすい印象を受けた。

戦い方が分からず行き詰まる場面はほとんど無かったと言っていい。ファイナルソードで苦戦する理由は基本的に以下の三つ。「推奨レベルに達していない」「探索が足りず何らかのアイテムや魔法を見落としている」「戦い方が間違っている」このどれかだ。この中で推奨レベルはプレイヤーが確認可能な要素であるため、基本的には探索か試行が足りないという話になるのだ。

 

ストーリーも悪くない。村の青年が病気の母親を助けようと薬草を探し、その過程で魔物を打倒したことがきっかけで、青年は戦士として魔物の増加に苦しむ王国へと向かう事になる。その旅路の中で青年は成長し、苦難を乗り越え、自身の宿命を知る。

怪しい日本語に目を瞑る必要はあるものの、(使い古されたものではあるが)王道の物語となっている。ここまで直球、テンプレートに沿ったストーリーは昨今中々作る気になれるものではあるまい。予想も期待も裏切らないオールドファッションな物語と、素朴なグラフィックは郷愁にも似た感覚を呼び起こしてくれる。

プレイしながら、このグラフィックだからこそ許されるストーリーなのかもしれぬと考えてしまう。一度もプレイした事の無いゲームのはずなのに、全体から湧き上がってくる“懐かしいゲーム感”は一体なんなのだろう。なんとも不思議なゲームだ。

 

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と、ここまで褒めてはいたが、ファイナルソードは(見た目以外にも)人を選ぶ要素の多いゲームであることは確かだ。

その一つはゲームバランスだ。導線そのものは丁寧に作られているものの、バランスは中々に大味だ。特に序盤と終盤が荒々しく、どう言い繕っても怪しい判定から来る理不尽な死が存在するゲームであることは変わりない。


先述の“妖精の森”突破までの道のりはとても優秀なゲームとは言い難い厳しさに満ちているし、終盤は一定時間動けなくなる凍結攻撃を重ねられる、悪名高き"凍結ハメ"が牙を剥いてくる。ボスは取り巻きを従えて一対多の戦闘を強いる事も多く、戦い方は分かっているのにハメによる事故死が発生するのが恐ろしい。分かるゲーマーは分かると思うが、取り巻きが横槍を入れてくるタイプのボスはしばしば強いストレス要素になるものだ。

「憤死しそうになる」というほどではないにしろ、やはり取り巻きに動けなくさせられて連撃を食らうのは気分の良いものではない。取り巻きのリポップ速度も総じて速く、一掃してタイマンに持ち込むのはほぼ不可能だ。それらの要素のためにいくつかのボスは擁護不可能な出来になってしまっている。どれも頑張れば勝てる難易度ではあるのだが、ここのバランスは明確な欠点だ。

 

プレイしていると“ダメな所が逆に味わい深く見えてくる”という悟りの領域に行き着くタイプのゲームではあるが、ゲームレビュー記事の体裁をとるのなら確固たる欠点から目をそらすような真似はしてはいけない。

上記に加え、グラフィック、効果音、(フォントまで含めた)テキストといった絶望的な見た目要素を加味すると、やはり欠点も多いと言えるだろう。加点方式ならそれなり、減点方式なら赤点近くなるゲームだと認識してはいるが、私個人の総評としては“欠点は多いものの、普通に楽しく遊べて笑えるゲーム”といった所に落ち着く。特に、おかしな日本語やショボいグラフィックを完全な欠点とせずに味わいを感じられるプレイヤーはファイナルソードを全体的に高めに評価するのではないだろうか。

 

“盗作で話題になったとんでもないクソゲー”を期待して買ったゲーマーも少なからずいたとは思うが、その期待は良い意味で裏切られた。むしろ、そうしたディープなゲーマーほどこのゲームの光る部分を見つけやすいのか、ファイナルソードは何だかんだでそれなりの数のプレイヤーがネタにしてやりたいという気持ちと少しの好意を持って遊んでいたようだ。

 

内容がしっかり作られているのを見ると、BGM盗作問題もやはり故意ではないのではないかと思えてくる。ただでさえ、超有名BGMをそのまま使うのは発覚しやすい上にリスクも大きく、やる意味がほとんど無いものなのだが、ここまでしっかり作っているゲームにそうした爆弾を混ぜ込む意味がわからないし、制作サイドも「問い合わせがあって初めて知った」と回答している。

大方の予想通り、ゲーム制作に当たって使用した素材アセットに異物が紛れ込んでいたといった所だろうか。真実は神のみぞ知るといった所だろうが、故意ではないことが分かればじきに配信も再開されるだろう。なお、Switch版は配信停止になってしまったが、旧版ことios/Android版はまだ配信されている。しかし、旧版はそもそも携帯端末用に設計されたもので、ボリュームが減っている他、バランス調整が甘くバグも残っていると制作サイドが明言している。残念ながらSwitch版の“新・ファイナルソード”を遊ぶには、権利問題の解決を待つしかないようだ。一応、ios/Android版も最近のアップデートで事実上Switch版の移植という形になっているらしい。

 

力強く「やれ!」と断言できるタイプのゲームではないものの、こうした変なゲームを楽しんで遊べるゲーマーは、手を出してみてもいいかもしれない。利権問題にカタがついたら触ってみるのも悪くないだろう。名作とは程遠いゲームも、それはそれで良い思い出になるだろうから。

 

……この記事はリアルタイムでのクリア時に書いたものだが、どうにも時期を逃した気がして表に出さずにずっと下書きに放り込んでいた。

 

何故今更になってこんな話を掘り返したかと言えば、2020年も終わろうという今、ファイナルソードに盛り上がりがあったからに他ならない。こともあろうに、ゲーマー達の祭典、国内の大規模リアルタイムアタックイベントであるRTA in Japanでファイナルソードが対象ゲームとして選ばれ、実際に遊ばれてしまったのだ。

コメントも盛り上がっていたし、当時プレイしていた個人としては、このゲームを研究して走り込んだプレイヤーが存在し、こうした公の場でイベントを盛り上げてくれた(なんとファイナルソードRTAの時だけ同時接続人数が2万近く増えていた!)という事実に熱いものを感じざるを得ない。

 

世に生まれ落ち、クソゲーと蔑まれ、そして愛される。そんな数奇な運命を辿ったゲームのうちの一本として、ファイナルソードは名を残すことになるのかもしれないなと、年の暮れの夜にぼんやりと筆者は思うのである。