丸くやわらかい。

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風花雪月はファイアーエムブレムである。

ファイアーエムブレム風花雪月をプレイした。

 

 

ファイアーエムブレムだった。というのがおおよその感想だ。

勿論、ファイアーエムブレムだったというだけでは、読者は「そうか、ファイアーエムブレム風花雪月はファイアーエムブレムなのだな」と思うだけであって、プレイしてくれる人が増えるとか、そういったマーケティング的な効果は期待できない。なので、僕の身の上話からゲームレビューまで順を追って話をしようと思う。

 


Nintendo Switch用ゲームソフト ファイアーエムブレム 風花雪月” は、ここ最近で僕が最も期待していた一本だったと言っても過言ではない。
何を隠そうファイアーエムブレムシリーズは僕の幼少期を、青春の一端を担っており、僕が入れ込んだゲームシリーズの中でも上位に位置するほど多くの思い出と共にあったからだ。

 


当時小学生だった僕はスマッシュブラザーズに出演したマルスとロイの二人からFEを知り、紋章の謎封印の剣をプレイした。

 “てごわいシミュレーション”は小学生の僕にとって文字通りの手強さだった。

「港街ワーレン」で無数の敵にタコ殴りにされて泣きべそをかき、「オスティアの反乱」でドラゴンナイトの恐ろしさに震えた。ゲームのコツを掴んでからも「ブラックナイツ・カミュ」の章では黒騎士団に蹂躙され、「理想郷」では砂漠と索敵マップの合わせ技でゲームボーイアドバンスを放り出しそうにもなった。仲間たちは章を経るごとに少しずつ減っていき、ストーリーが終わる頃には屍の山ができていた。

 


それでも、少しの戦略とたくさんの偶然で、僕は彼らの物語の終わりを見ることができた。全員生存クリアでもなければトゥルーエンドでもなかったが、エンディングを見た時の達成感は尋常なものではなかった。
当時、「こんなに奥深いゲームがあるんだろうか」と思ったことを今でも覚えている。気付けば殆どのシリーズ作品をプレイしていたし、それと同時に拘りが強い面倒なファンになってしまったという自覚もある。



ファイアーエムブレムの新作が出る――
それは朗報だった。だが、面倒なファンである僕にとっては不安の種でもあった。
ファイアーエムブレムの新作が出る。ただそれだけで胸がときめく理由になる。

僕もそんないちファンでいられたなら、どれほど素晴らしかっただろうか。
2018年の僕は、それを手放しに喜べるほど若くもなく、純粋でもなかったのだ。



「今度のファイアーエムブレムは学園モノです!」
意気揚々と語られる新作のコンセプトに、ああ、そういう路線か。と溜息をつく。

 

 

三つの学級から一つを選んで、そこの担任の教師になるんだそうだ。

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まぁ具体的にはこんな感じの作品なのだが。

www.youtube.com

 


ファイアーエムブレムは美男美女揃いのビジュアルだが、その本質は戦記物であり、英雄譚である。キャラクターたちは戦いの悲惨さに胸を痛め、ときに大切な人を失い、平和な世界を作るために命を賭して戦いを挑む。そんな物語だ。そんな物語だった。

 


昨今のファイアーエムブレムが「ハードなファンタジー戦記物」といった要素から離れ、カジュアルな路線に走っていったのは理由がある。

3DSの “ファイアーエムブレム覚醒” がシリーズとしては前代未聞の売上を記録した事はその一因と言えるだろう。

“覚醒”は、その次の作品である “ファイアーエムブレムif” と共に古参プレイヤーの批判の的になることが少なくない。良く言えば現代的な、悪く言えば記号的で重みのないキャラクター設定やシナリオは多くの新規ファンを獲得すると同時に強烈なアンチを生み出した。
昔のゲームはテキストが少なかったから、余計な部分が描かれずに気にならなかっただけというのは、勿論あると思う。一概に覚醒ifの流れが悪いとは言えないが、ただ僕や古いファンには少し合わなかったらしい。
これも時代の流れというやつだろう。覚醒とifがとにかく売れたのは事実だ。インテリジェントシステムズは否応なく、数字という絶対的な指標をもって理解してしまった。濃いオタクに向けて重厚なファンタジー戦記物を作るよりも、こっちの方が売れるのだ、と。



昔のファイアーエムブレムの夢を見るのはそろそろ終わりにしよう。本当にこのシリーズが嫌いになってしまう前に。
この時代にそう言ってシリーズを追うのをやめたファンは多かった。かくいう僕は"Echoes"の出来の良さと手軽にできる"ヒーローズ"のおかげでこのコンテンツを見限る事もできずしがみついていた。未練がましいものだと思う。

時代は変わった。プレイする年齢層も変わり、ターゲットも変わったのかもしれない。変化があり、それについていけない者は離れるしかなかったのかもしれない。



だから、風花雪月は教師と生徒たちの物語だと聞かされたとき、不安が最高潮になったのだろう。

既にときめきエムブレムなどと揶揄されている中で、安心などできるわけがない。
今回も僕が好きだったファイアーエムブレムとは違う何かが出てきてしまいそうだな、と思っていた。



――そう、風花雪月は確かに学園モノだった。
前情報通りに学園モノだ。どうしようもなく学園モノだ。その現実は変わらない。変わるわけがない。しかし、それは我々が失望するようなものでは無かった。

 



6月、発売直前とも言えるタイミングで公開されたPVにより、全てが変わった。



どうやら開発陣と広報担当はこのゲームの最重要とも言える部分をひた隠しにしていたようだ。

風花雪月は学園モノだが、学園モノとして生まれ、そして終わるゲームではなかった。

 


ファイアーエムブレム風花雪月は二部構成の作品である。
士官学校の教師となり、出身国ごとに分かれた三つの学級から一つを選び、生徒と親交を深めながらも大陸の裏側で暗躍する何者かの存在を知る――所謂、物語の“種”が撒かれる第一部。

 


そして、第二部。
大陸全土を巻き込む戦争が起きた、第一部から五年後の物語だ。かつての生徒たちは、自分と共に歩むものもいれば、道を違えた者もいる。
士官学校の学級は出身国ごとに分けられている。ならば必然、自分の選ばなかった学級の生徒たちは第二部においては敵国の兵士であり将となるわけだ。
それぞれの級長たちは今や指導者となっていて、別々の正義と信念と目的を持って戦っている。

 


「私たちは相容れない正義を持つ相手を、排除して進んでいくしかないのよ」


「何処かで誰かが断たねばならない。強者が弱者を踏み躙る、負の連鎖を……」


「俺たちは弱き者だ! だからこそ壁を乗り越え、手を取って、心で触れ合う! 生きるために!」

 


級長たちの言葉が流れる。
もちろん、口先だけかもしれない。なにか良いセリフを言っているように見えてストーリーに説得力が無かったり、演出がダメだったりすることはよくあることだ。
だが、このPVからはそういったものは微塵も感じられなかった。代わりに湧き上がってきたものは、期待。

 


なんだよ。おい。
めちゃくちゃ面白そうじゃねえか。



ファイアーエムブレムがかつての戦記物の路線を取り戻すには歴史と戦争のプロフェッショナルが必要なんだよ。だから、コーエーをパートナーに選んだのは英断だと思うんだ」



僕の友人はこう言っていた。
彼の言っていた事は間違ってなかったのだろう。
コーエーテクモインテリジェントシステムズ。このタッグはこの世に凄まじいゲームを産み落とした。

ファイアーエムブレム 風花雪月。もしかしたら、もしかしたらシリーズ最高傑作かもしれないこの作品は、一度冷めてなお強く燃えあがった期待を受けながら、事も無げにそれを飛び超えて見せたのだった。



長くなってしまったが、この長い前置きはどうしても語っておきたかった事だ。
さあ、風花雪月のゲームレビューを始めよう。

 


当方は金鹿の学級のシナリオのみクリア。プレイ時間は50時間程度だ。

全てクリアしてから語るのも良かったかもしれないが、僕は常に熱いうちに文字にすることを是とする男であり、そしてできることならネタバレが流れない今こそプレイしてほしいと思っている。だからこその駆け足だ。

 

風花雪月はファイアーエムブレムである。

面倒で陰険で古いファンであるという自覚のある僕の目から見ても、これは間違いなくファイアーエムブレムだった。

 

 

ゲームシステム面は、士官学校関連のものによる変化が目立つが、基本的には過去のシリーズに何度か出てきた "拠点" や "マイキャッスル" のようだと思って構わない。章と章の間にキャラクターを育成し、修道院を回りながら仲間たちの話や支援会話を聞き、時にサブイベントをこなす。

そのためか、僕はこのシステム自体に大きな違和感は抱かなかった。章と章の間に散策パートが増え、とにかく文章量が増えた。修道院を警護するモブ騎士や仲間との会話は全て聞いてもゲーム進行に問題がない程度には少なく、世界観や彼らの人となりを感じ取れる程度には多い。

 

 

そして戦場に出ると、それはもうファイアーエムブレムとしか言いようがない。

四角マスのマップはそうそう簡単に崩れる事ないファイアーエムブレム感をもたらしてくれる。マップのUIは蒼炎・暁のテリウスシリーズに近い。長く続いているシリーズという事もあってこの辺りは一切不満を感じなかった。

 

 

今作はキャラクター1人ごとに追随する騎士団を設定する事ができ、しばしば話題になっていた戦争をしているのに兵の数がやたらと少ない問題に対する解答となっている。

FEシリーズの(特に昨今の)、軍隊や国の描写がおろそかになってしまい、どうしても個人で戦っている感が拭えないところはしばしば論壇にあげられていたポイントであるが、戦争モノのプロフェッショナルことコーエーテクモが協力したこともあり、戦争と国の描写はしっかりとしたものになっている。

テキストやムービーで表現される背景的なものではなく、しっかりと実際の戦闘に落とし込んだのはありそうでなかった発想だと言えるかもしれない。

 

 

ストーリー的にも「信仰の是非を巡る反乱」「親帝国派と王党派の対立」「同盟内での諸侯の小競り合い」など戦記物にありがちなシチュエーションが盛りだくさんだ。盛り上げる要素として平原や要塞での決戦などもしっかり抑えてあり申し分ない。

「古の英雄の血族の中で、紋章を持つ者だけが扱う事のできる神器」の存在、外伝や聖魔の光石でも登場した野生の「魔物」が再登場するなどのヒロイックでファンタジーな要素も決して外さない。

 

 

もはや詰め合わせである。ファイアーエムブレム的要素の詰め合わせだ。

なんだか久々に完全新作でちゃんと作られた地図を見た気がする。ファンは章の開始時に世界地図と共にナレーターが今の情勢を語る所でもう懐かしさを感じるかもしれない。

 

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世界観と言えば、物語を構成する多彩なキャラクターたちはファイアーエムブレムの重要なファクターだ。勿論そこも素晴らしい出来だった。記号的な萌え要素を減らしつつも、カワイイ。狙い過ぎない程度に、カッコいい。全体的に「ファイアーエムブレムっぽい」キャラクターの仕上がりになっている。

 

 

育成要素も自由度の高いもので、今回はクラス毎に(この作品だと学級と混同するが、職種のクラスだ)、武器の制限は殆どない。魔法が使える使えないで大きく大別されてはいるものの、本人の資質次第で弓をメイン武器にしたドラゴンナイトや斧を振り回すアサシンなど一風変わったユニットになってくれる。

キャラクターによって得手不得手はあるものの、これにより育成の楽しみは跳ね上がる。どんな進路を進ませればバランスの良い部隊になるか、沢山の選択肢から一つ一つ拾い上げて成長させていく面白さがある。

 

 

そしてキャラクターとストーリーという面における革新的な手法は、教師と生徒という立場上ほぼ全てのメインキャラクターが第一部で姿を見せ、仲間として使用できるという事だ。ならばどうなってしまうのか。愛着がわいてしまうのである。

 

 

既存シリーズでは「死んだらキャラがロストしてしまう」「ロストしたキャラは喋れない」というゲーム上の問題が解決できずにいた。

ひとつの解答としては、主要キャラがHP0になったら重傷を負い撤退した扱いにするというやり方だ。命までは奪わないのだ。それにより主要キャラが戦闘不能になってもストーリーには絡めるというモノである。

しかし、FEはキャラが死ぬというハードさを売りにしている作品でもあり、全員を負傷退場させるなどというヌルい事はできない。なので、ストーリーの中心でないキャラたちはHPが0になったら死に、死んだら話が進められないからという理由で章ごとの会話には殆ど登場しなかったのである。せいぜい登場時と仲間になる時の台詞くらいだろう。

拠点会話、支援会話といった要素で台詞を増やしてキャラを深堀りする試みもあるにはあったが、根本的な解決にはなっていなかったわけである。

 

 

風花雪月は違う。絡む。

死んだらとかそういうのはお構いなしで主要キャラ以外の仲間たちも恐ろしいほどストーリーに絡んでくる。

おそらく死んでいたら発言が飛ばされるか別のキャラが喋るかのフラグが膨大に存在しているのだろうが、もはや全貌はつかめない。そのくらいに喋るのである。言うは易し行うは難し、それだけ会話に分岐を作るのも難しいだろうに、既存のシリーズが抱えていた問題を風花雪月は力技で解決してしまったのである。

どんな作りこみをしているんだ。

しかも前述のように生徒と教師の関係なわけだから、最初から全員集合している。とてもとても長い付き合いになる。50時間は彼らと一緒にいる事になる。

 

 

そうして増えたテキストによってプレイヤーは否応なく仲間たちの会話を聞くことになり、それはもうすさまじい勢いで愛着がわく。僕の個人的な感覚の話になってしまうが、少なくとも金鹿の学級の生徒たちは誤解されやすそうな子もいるが皆良い子たちだったし、全員が愛おしかった。きっと他の学級を担当しても同じような事を思うのだろう。不快なキャラクターがいない。だからこそ本心から誰も死なせたくないと思うようになる。

 

 

そして別の学級の生徒たちにも(自分の担当ほどではないにしろ)同じように愛着がわく。

だが、別の学級の生徒がいずれ敵の将兵として現れることは最初から分かってしまっている。これが重い。非常に重い。彼らの人となりを分かってしまっていて、その上で覚悟をもって、信念と共に自軍に向かってくる。昔のよしみでどうにか仲間にできないかを考える事になるし、それでも駄目ならば涙を呑んで剣を向ける事になる。

命と戦争を取り扱うゲームのあるべき姿である。昨今のシリーズの軽いノリの戦争が受け入れられなかったファンこそ、今作のストーリーと演出は刺さるのではないだろうか。

 

 

さて、本当に長くなってしまった。そろそろ締めと行こう。

 

 

風花雪月は既存シリーズのリスペクトに満ち溢れた作品だと感じる。

古の英雄の武器とそれを受け継ぐ血族たちが物語に深く関わり、重くハードなストーリーが展開されるところは聖戦の系譜チックだし、3Dマップは蒼炎の奇跡や暁の女神を踏襲している。

修道院の散策要素やキャラクター関連の豊富なイベント、どの勢力に肩入れするかの決断が迫られる部分は覚醒やifの良い部分、人気のあった部分を更にブラッシュアップしたものだし、キャラクターたちのやり過ぎず狙い過ぎずも皆が個性と独特の魅力を持って絶妙な所を衝いてくる感じはGBA三部作のそれを彷彿とさせる。

 

 

そしてこれだけの要素をかき集めて再構築し、ゲームプレイに落とし込みながらも破綻していない。圧倒的なバランス感覚がこの作品をファイアーエムブレムの集大成たらしめている。

僕はこれだけ長い記事を書いたのはこのゲームにただただ感銘を受けたからだ。

僕らのFEはここにあった。なくなってなんかいなかった。

 

 

暁の女神から先はプレイしていない。そんな昔のファンたちこそ触れてほしい。

もう一度だけ、「ファイアーエムブレム」を手に取ってくれないだろうか。

そんな想いを最後に書き記して、この記事を終わりにようと思う。